「存在」4話
2007.08.22.Wed.如月さくら
その日は珍しくヒューズが出て行った事に気付かなかった。
いつもなら、
出かける前に一言かけていくアイツが、
今日は何故か何も言わずに行ったらしい。
目が覚めれば、部屋にはひとりきり。
テーブルには簡単な食事と、
メモと、それから分厚い宛名の無い封筒が置いてあった。
*存在 しょうめい*
ヒューズからのメモには、
朝の挨拶と、食事をきちんととるように、との言葉。
それから、
昨日渡しそびれたから、と一言だけ。
「・・・手紙?」
宛名の無い封筒は、
しかしどうやら自分宛のものらしい。
裏返して目にとまった名前は、差出人のものだろうか。
自分の知らない、名前。
「なんだろう。」
中身が手紙にしては、
随分と内容量がありそうだ。
封を開けて中身を取り出せば、その理由が分かった。
「本・・・?」
小さめのメッセージブックのような本と、
それから白地の、どこにでもありそうな便箋。
本をテーブルに置き、便箋に書き綴られた文字を追う。
自分の瞳よりも薄く澄み切った空。
ごろりと寝転んだ芝生は太陽の光をいっぱいに浴びている。
此処数日、
お気に入りのこの場所に横になっても、気持ちが落ち着かない。
いつからなのかも、どうしてなのかも、はっきり分かっていたが。
「よお。」
顔に影がかかれば、声の主へと視線を送る。
「手紙渡したって?」
了解など取らずに自分の横に座ったブレダは、
呆れた様な表情を隠すこともせずにこちらを見ている。
「・・・おう。」
「何時代だよ。」
こちらが答えれば更にアホか、と言わんばかりの顔になって。
「しょーがねーだろ、名前も知らねーんだから。」
「今時ありえねーだろ、ヒトメボレとか。」
しかも相手の事など全く知らないのに。
ただ一度、ほんの一瞬だけ、この瞳で捉えた幻かもしれない人に。
今頃、あいつはもう目を覚ましているだろうか。
きちんと食事をとって、
そしてあの封筒の中身を知ってしまったのだろうか。
「・・・馬鹿だな・・・。」
誰が、とは言わない。
もちろん自分が、だ。
結局一晩考えた末に、テーブルに放置、だなんて。
自分の芸の無さに苦笑するしかない。
「・・・・・・あー・・・」
内容など全く知らないくせに帰り辛いなどと思う。
アイツなりの愛の言葉がロイの心に及ぼす影響を想像して。
自分ではできそうもない行動に何故だか負けたような気になってしまって。
名前も知らない貴方に 月の名前を。
綺麗、とは言い難いが、
丁寧な文字に心を込めて書いたのだろうという事は分かった。
それから分かった事は、
この手紙の差出人がどうやら以前窓の外に見た
あのはちみつ色の彼らしいという事。
それから、名前。
「ジャン・ハボック・・・。」
ヒューズを介して私の手元に来たという事は、多分学校関係者だろう。
月明かりの元
貴方の微笑みがいつまでも穏やかであるように。
「・・・・・・ぶっ・・・。」
手紙の内容をぼそぼそと呟けば、
聞いていたブレダは遠慮なく噴き出した。
「笑うな・・・」
いくら友達だからと言っても、
人が真剣に考えて書いたはじめての恋文にケチをつけるのは許せん。
「いや・・・お前、それじゃ何が言いたいのかさっぱり分からんぞ。」
お前らしいけど、と付け足しつつ、
それで一緒に入れた本って何なんだ、と更に質問される。
どうせまた笑いのタネにするくせに。
「別になんだっていーだろ。お前にゃ関係ねー。」
その本にはたくさんの月の表情が載っていた。
満月も新月も、三日月も赤い月も。
それから、一緒にそえられた短い、けれど優しい言葉。
「・・・月の、名前・・・・・・。」
まるで吸い込まれる様に本にぼんやりと存在している月を撫でる。
触れる事などできないくせに、
確かにそこに浮かんでいる月。
自分の名前が何だったのか。
自分の抱えているものは何だったか。
自分の存在は、、、
たくさん眠ったはずの身体は、
まるで考える事を拒絶するかのように睡魔に包まれる。
ベッドへと動くのも面倒な程に身体から力が抜け、テーブルに額をつける。
本に浮かんだ月は見事な満月。
今夜は、綺麗な満月が見られるかもしれない。
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にゃんこのしっぽ
This fanfiction is written by SakuraKisaragi.
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