「存在」1話
2007.07.29.Sun.如月さくら
「やっべ・・・」

友達との会話が盛り上がりすぎて、
何時もより随分と遅くなってしまったようだ。

自宅へと向かう足取りは速く、
周りの事など見ている余裕も無かった。

気付かなければなんてことはない事象も、
認識してしまえば自分にとってなんらからの影響を及ぼす。





*存在 にんしき*





ただ何となく見上げたそこに、
その人が居なければそれで良かった。

立ち止まり、見つめなければ、何も無かったかもしれない。

雲間から丁度月が現れ、
その瞬間に視界に飛び込んできた黒と白。

何も考えずに、何を考えていても、そればかりが思い出される。


久し振りに食事でも、と仲間と集まった。
なかなか時間の合わない者同士、ゆっくりしすぎたのかもしれない。

気付けば時計は日付を越えてしまって、慌てて帰路へとついた。

大した事じゃない。

ただなんとなく目を向けた家の窓に、その人が居た。

月明かりにぼんやりと照らされた輪郭に、
何処か不思議な印象を受ける。

目の錯覚かもしれない。

そう思う程、肌の色が白く透明な気がして、驚いた。

触れた訳でもないのに、ひんやりとした体温まで伝わってくるようで。

まるで。
まるで、まるで。

御伽噺に出てきそうな月の住人のようで。

周りの闇に溶け込みそうで、
それでいてはっきりとそこに存在している人。


ふと・・・その人の視線が、何かを捉える。

僅かに、ほんの僅かに驚いた様にこちらを見ていて。

「あ・・・・・・。」

目が、合った。

闇色の、漆黒の、双眸と。

はっきりと、ぼんやりと、認識する。


暫く、見つめ続けていたかもしれない。
もしかすると、それはほんの数秒にも満たない時間で。

一瞬、消えてしまいそうな表情で微笑んだ。

にこり、と・・・消滅してしまいそうな存在が。


驚いて、怖くなって、理由も分からずに恐ろしくなって。

何故か、月へと視線を向ける。

吸い込まれるように、その光を確認した後、
もう一度、弾かれた様に窓を振り返る。


「夢じゃねぇの?」

俺の話す内容に途中から興味も無くし、
最終的に発せられたのはそんな言葉だった。

「んな訳ねぇだろ!」

どうして分かってくれないんだ、とひとりあつくなる。

「だってよー、そこ、ヒューズせんせの家だろ?」

「・・・え・・・?」

聞き覚えのある名前に、はたと思考が止まる。

「せんせに子供なんて居ねーし、奥さんも居なかったはずだぜー?」

知らなかったのか、と逆に驚かれる。

いや、だって、そんな。

徐々にぼんやりとしてくる輪郭。
あれ?・・・昨日、見たばっかりなのに。

おかしいな・・・・・・さっきまで、覚えていたはずなのに。

自分の意識の中の存在は、
ぼやけてそこに居る事すら確認できなくなってしまった。



「ただいまー。」

ガチャリ、と扉を開ければ相変わらず薄暗い部屋。

主が戻っても盛大に迎え入れるつもりはさらさら無いのか、
部屋の奥で開け放たれた窓から入ってくるのは月明かりと微風のみ。

その窓辺へと近付けば、
やっと自分以外の存在が此処に居る事が分かる。

「ただいま。」

窓の外をじっと見つめたまま振り返ろうともしない相手を、
構わず後ろから腕を廻して抱きしめる。

「・・・ただいま、ロイ。」

自分の腕の中におさめ、
その身体を、体温を、
存在全てを認識して、彼の名前を呼ぶ。

「ヒューズ・・・・・・おかえり。」

自分の存在に今気付いたばかりとでも言いたげに、
僅かに驚いた様な顔をして、それから微笑まれる。

「うん、ただいま、ロイ。」

名前を呼ばれただけで、嬉しくなる。
自分の事を腕の中の彼が認識するだけでしあわせになれる。

つい頬が緩むことも隠せずに、
廻した腕にわずかながら力を込める。

「どうした?学校で、嫌な事でもあったか?」

まるで子供をあやす様に穏やかな口調で問われ、
大した事も無いのに安心して和んでしまう。

なんでも無い事のはずなのに、
彼の、ロイの存在を認識できるこの時間が、
俺にとってはひどく重要に思えて。

腕の中で大人しくしている彼の柔らかで綺麗な髪を梳いていれば、
きっと今日も何事も無く終わっていくんだと思えた。



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