「くろねこ」1話
2007.08.04.Sat.如月さくら
何時もと変わらない帰り道。
何時もと変わらない路地。

何時もと少し違うのは、
夕方から降り出した雨ぐらいだろうか。





*くろねこ 雨の日*





「あーぁ・・・止まねぇなぁ・・・。」

空を見上げても、
薄暗く厚い雲が覆っているだけ。

数時間前から降り始めた雨は、相変わらず止む気配はない。

雨が嫌いという訳ではないが、
帰り道に少なからずいつもより労力がかかる。

はっきり言って、面倒臭い。

「・・・ま、天気なんて操れねぇけど。」

苦笑しながら、仕方ないと傘をさして外へ出る。

既に慣れた家との往復路。
寄り道する程の場所もなく、のんびりと家へと歩く。

ふと、何時もとは違う何かを見つける。

「・・・?」

けれど、何故だろう。
近付く事が憚られ、その場で立ち止まる。



気付けば、そこは真っ暗で、湿った場所だった。

頬にぽたりと雫が落ちてきた。
この外は、どうやら雨でも降っているのだろう。

目を閉じても開いても、在るのは暗闇だけ。
熱でもあるのか、やけに身体がだるい。

少しだけ、眠ろうと身体を小さくする。

自分の温もりすら、薄れてきている事に気付く。


もしかすると、
此処ではない何処かに来てしまったのかもしれない。

身体が温かく、頬に自分以外の体温を感じた。

瞼を持ち上げる事がやけに煩わしく思える。



「・・・起きた・・・?」

もぞ、と布団が動いたのを確認して、声をかけてみる。
雨で濡れてしまった髪と同じ、漆黒の双眸と視線が合う。

ぼんやりと呆けたままのその色白な頬を撫でてやると、
どうやらやっと俺を認識したらしい。

はっとした様子で、身体を離す。

警戒、されているらしい。
キッと睨みつけたまま、髪と同じ色の耳と尻尾がピクリともしない。

「あぁ、そんなに怒らなくても・・・どっか痛いトコとか、無いっスか?」


見つけた時は、はっきり言ってもう動かないのかと思った。
触れたその身体は冷え切っていて、呼吸音も小さくて。
まるで直ぐにでもその場から消えてしまいそうな存在に思えた。

はっきりした理由なんて無く、けれど連れ帰ってしまった。

「お腹、空いてません?喉は?」

じっと見つめてくる瞳は、値踏みでもしているのかもしれない。
信用にたる存在か、敵ではないのか、何を求めているのか。

「えーっと・・・・・・あ、名前。」

言葉は通じるだろうと、勝手な解釈で名乗る事にする。

「ジャン・ハボックって言います。」

よろしく、と握手でもしようと手を差し出してみる。
しかし、相変わらず視線を俺の顔から外さずにじっとしている。

「ジャン、で、良いっスよ。」

あんまり見つめられ過ぎて、段々恥ずかしくなってきた。
思わず苦笑が漏れて、余計訝しげな顔で見られてしまう。

「えーっと・・・」

何をどう説明して良いのか分からず、
とりあえず視線を彷徨わせてみるが、良い案など思い浮かびもしない。

もしかすると、会話などできないのかもしれない。
疲れていて、眠りたいのかもしれない。
早く、此処から出ていきたいのかもしれない。

ぐるぐると頭の中で考えては消えていく終わりの無い自問自答。
徐々に耐えられなくなってくる。
大人しいままの黒猫をベッドへ残したままキッチンへ向かう。

とりあえず、何か出してみよう。
食べるかどうかは分からないけれど、何か反応があるかもしれない。

相手の意識など読めるはずもなく、
昨晩作った野菜の入ったスープを温めてみる。

「・・・どうしたもんかな・・・。」

後先考えずに連れて来てしまったのがいけなかったのだろう。
明らかに捨てられていたとはいえ、
本人の意思ぐらい確認するべきだったかもしれない。

ことことと鍋の中のスープが温まっていく。
適当な皿に入れて、お茶でも持って行く事にしよう。
口にしないのなら、自分が食べれば良いのだから。

ベッドの置いてある部屋へと戻ると、相変わらずそこにちょこんと座っている影。
先程より、少し雰囲気が柔らかくなった様に感じるのは、気のせいだろうか。

「好き嫌いとか、無いっスよね?」

部屋へと戻ってきた俺をじっと見上げてくる。
どうぞ、とお皿を出してみても、視線を外そうとしない。

「・・・えーっと・・・・・・。」

ベッドに腰を下ろして、スープをすくってみる。

「ほら、口あけて下さい。」

ふー、と冷ましてみながら口元へと持っていく。
あーん、と促してみると、
俺の真似をしているのか、僅かに口を開いた。

「ん、」

何となく嬉しくなって、頬が緩んでしまった。
ぱく、と口を閉じるのも、可愛らしく思えてしまう。

「つっ・・・」

が、どうやら熱すぎたようだ。

「・・・・・・猫舌・・・?」

あついあつい、と舌を出して首を振る。
慌てて冷えたお茶の入ったグラスを渡す。

物事はしっかりと理解しているらしい。
ごくごくとお茶を飲み干して、それでもヒリヒリするらしい舌を出す。

「すんません・・・熱いの、苦手なんスね。」

笑うところではないのだろうが、
普通の反応が見れた事がやけに嬉しい。

もう一度、今度はしっかりとスプーンの上で冷ましたスープを口元へ持って行く。

「・・・自分で、できる。」

すると、小さな声でそう聞こえた。

「え・・・?」

「自分で、できる。」

貸して、と手を出されれば、つい反応して皿を渡してしまう。

「ありゃ・・・」

器用にお皿を支えてスープをすくう。
ふぅふぅ、と冷ましている様子が何とも愛らしい。

「ほら、あーん。」

と、自分の口元ではなく俺の方へと手を伸ばす。

「は、い?」

「あーん。」

口を開けろ、と目が言っている。
大人しく従って口をあければ、そこに温かなスープが流れ込む。

「んぐ。」

「おいしい?」

じっと見つめてくる漆黒の瞳。
視線が合えば逸らす事など許されないような気がする。

「え、あ・・・ハイ。」

自分で作った昨晩と同じ味のもの。

ただ、目の前の存在によって与えられただけなのに。

「・・・美味い、です。」


直ぐ傍に感じるぬくもりは、数時間前まで知らないまま。
気付けば、当たり前の様な顔でそこに居る。

「はぼく、はぼく。」

くいくいと服を引っ張る黒猫は、名前が無いらしい。

「はぼく、はぼく。」

俺の名前を呼びながら、既に慣れたのか腰に抱きついてくる。

黒髪の、綺麗な毛並みの、漆黒の、色白な。


気付けば、俺の膝に頭を預けて眠ってしまっていた。
乾いた髪を手櫛で梳いてやると、さらさらと指から滑り落ちる。

名前を、つけたら。
この、愛らしい、綺麗な存在に、名前をつけたら。

此処に、居てくれるとでもいうのだろうか。

何時もと同じ時間。
何時もと変わらない部屋。

何時もより温かな、気持ち。



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This fanfiction is written by SakuraKisaragi.
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